研究内容

テーマ1

ゲノムが働く仕組みを解明する

ゲノムは生命反応の中心的役割を担う分子であり、配列情報に基づいて様々な遺伝子を状況に応じて適切な量だけ発現させることで、分化や発生、免疫・疾病応答を初めとする様々な機能を実現しています。近年のゲノム科学の進展により、ゲノムからどのようなアミノ酸配列を持つタンパク質が生まれるかを予測することができるようになりましたが、それぞれの生命過程でどれだけの量が生み出されるかを論理的に予測することはできていません。私たちの研究室では、ゲノムの分子レベルでの構造を調べることを通じて、化学・物理学の見地からゲノムの働く仕組みを理解することを目指しています。

 

【Hi-CO法】

ゲノムの3次元的な分子構造を明らかにするために私たちが最近開発したのが、Hi-CO法と私たちが名付けた方法です(Ohno et al., Cell, 2019)。ゲノムは160~200塩基対毎にヒストン8量体タンパク質に巻き付いてヌクレオソームという単位構造を取ることが知られていますが、Hi-CO法では各ヌクレオソームの3次元配置と配向を全ゲノム領域に渡って調べることができます。私たちは、次世代シーケンサーによるゲノムの構造情報の計測と、スーパーコンピューターによる分子動力学計算とを組み合わせることで、ヌクレオソームの配列構造が遺伝子の種類や制御状態に応じて有意に変化することを初めて明らかにしました。本成果を表すイラスト絵が、生命科学のトップ誌であるCell誌の表紙絵に採用されています。

分子動力学計算によるヌクレオソーム配列構造決定(Ohno et al., Cell, 2019)

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【BHi-Cect法】

ゲノムはヌクレオソームが非常に長く連なって形成される巨大分子であり、細胞核内において様々な階層構造を取ります。単一または複数遺伝子座においてドメイン構造を形成したり、転写開始領域の周辺でループ構造を形成したりすることが知られています。さらに全ゲノム領域においては、凝集性の高い状態と低い状態の2つが明確に存在しており、遺伝子の転写の不活性化・活性化に関与していることが知られています。私たちの研究室では機械学習を用いて、このように複雑に折りたたんだゲノムの階層構造の特徴を抽出するアルゴリズム (BHi-Cect法) の開発を行うことに成功しました(Kumar et al., Nucleic Acids Research, 2020)。これを用いた解析の結果、遺伝子発現の活性と関連する新たな階層構造「エンクレーブ」を発見しています。

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テーマ2

細胞システムの構成原理を理解する

細胞内では様々なタンパク質がゲノムから生み出されると共に、それらのタンパク質が引き金となってさらに様々なタンパク質が生み出され、そうした相互作用の結果として、分化や疾病等の各状況に応じた分子環境が形成されます。それぞれのタンパク質がどれだけの量生み出されるかを論理的に説明し、予測することは生命科学、ひいては医学における本質的な問題の一つといえます。私たちの研究室では、細胞内の全種類のタンパク質(プロテオーム)を定量的に、かつ様々な試料や遺伝子に対して大規模に測定するための方法論を開発し、遺伝子発現のロジックを見つけだすことを目指しています。

 

【1分子遺伝子発現イメージング法】

1つ1つの細胞は、例え内在するゲノムが等しくてもそれぞれが固有の状態を持っており、異なる量のタンパク質の発現を行うことが知られています。このため遺伝子発現のロジックを見つけるには、1つ1つの細胞で行われるタンパク質の発現を正確に定量化する必要があります。私たちの研究室では、1分子顕微鏡法と呼ばれる細胞内の1つ1つの分子を可視化する方法を応用して、1細胞で発現されるプロテオームと、タンパク質発現の中途産物であるそれぞれの種類のmRNA(トランスクリプトーム)とを1分子感度で定量化することに成功しました。(Taniguchi et al., Science, 2010)。結果、単一大腸菌細胞に含まれるタンパク質とmRNA量には相関性が無いことを新たに発見しました。

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【PISA顕微鏡法】

エバネッセント顕微鏡に代表される1分子顕微鏡法では一般的に、カバーガラスの表面か、その近傍数百ナノメートルの領域にある分子に対してしか、明瞭な1分子レベルの観察を行うことができません。これに対し私たちの研究室では、カバーガラスの近傍数百マイクロメートルに渡って1分子レベルでの観察を良好に行うことができる新しい顕微鏡(PISA顕微鏡)の発明を行いました(谷口、西村:特許JP6086366号、US9880378号、EP2983029号)。本技術を用いることで、典型的に数十マイクロメートルの大きさを有するヒト細胞や、組織切片の全域に渡って1分子レベルでの検出を適用することができるようになります。本技術と、ノーベル賞受賞者であるEric Betzig博士の開発した格子シート技術を併せた顕微鏡が、ドイツの顕微鏡メーカーZEISS社により製品化されています。

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テーマ3

新原理の疾病診断・機能予測技術を開拓する

生命の状態を正確に把握し、自在に操るためのロジックを見つけるには、大規模に遺伝子発現を定量化する技術や、ゲノムの反応を再構成する技術、大量のデータを統合化し法則性を抽出する技術など、様々な技術面からのアプローチが考えられます。私たちの研究室では、生命状態の本質について常に考えると共に、各分野の最先端の技術に注視することにより、理想的な生命計測・予測テクノロジーの実現化の可能性を追求しています。

 

【1分子プロテオーム分析法】

プロテオーム解析法の代表例である質量分析法は、試料内に含まれる様々な分子種の判別を非常に鋭敏に行うことができる反面、感度やスループット、装置コストなどの面で課題があります。これに対して私たちの研究室では、1分子顕微鏡法を基盤とした新しいプロテオーム分析法の開発を行っています(Leclerc et al., Bioconj. Chem., 2018、谷口、Leclerc:特願2017-177070、谷口、大野:PCT/JP2018/048329)。1分子感度を有することから、質量分析法では感度が足りないために難しかった1細胞解析も原理的に可能であり、現在は再現性・信頼性の向上に向けた測定法のパッケージ化に取り組んでいます。

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【ゲノム原子構造シミュレータ】

Hi-CO法の開発によってヌクレオソームの分解能でゲノム構造を導くことが可能となった一方で、分解能をヌクレオソームに含まれる各DNA塩基のレベルにまで高めることが今後の課題として残されています。私たちの研究室では、富岳等の大規模スーパーコンピューターを用いて、ゲノム構造解析の分解能を原子レベルにまで向上させる取り組みを行っています。原子レベルの分子動力学計算をHi-CO法のデータに適用することで、実験的に得られたデータを物理法則に基づいて補間するとともに、再構成ヌクレオソーム鎖を用いた計算結果の検証と論理の修正を進めています。様々な生命・医学現象における各遺伝子座の構造変化を捉えることで、ゲノムの働きを物理や化学の立場から理解し、論理的な予測と制御に結びつけることを目指しています。

研究設備

1分子蛍光顕微鏡

生化学設備

細胞培養設備

マイクロファブリケーション設備

計算サーバー